協会30年の歩み

沖縄県は、日本の最南端、最西端に位置し、東西1000km、南北400kmに及ぶ 広大な海域に点在する大小160の島々(有人島は49)で構成されている島嶼(しょ)県です。 平成14年の出生率は、12.4(全国平均9.2)、合計特殊出生率は1.76(1.32)であり、 全人口に占める14歳以下の若年者の占める割合は長年全国一を保っています。

概要
所在地
役員名簿
定款
協会の歩み
沿革

(支部の創立)
支部としての沖縄県小児保健協会は、昭和47年の日本復帰と共に、 当時の日本小児保健協会の船川幡夫先生のご指導をいただきながら、仲地吉雄先生(初代・4代会長、故人)、 稲福盛輝先生(2代会長、故人)、佐久本政彦先生(3代会長)、知念正雄先生(5代会長)、 小渡有明先生(6代会長)、山本達人先生、仲里幸子さんらが発起人となって昭和48年7月28日の創立総会で産声を上げました。 それまでの準備などの雑務を一手に引き受けて下さったのは、沖縄県環境保健部予防課の皆様です。その後も事務局を引き受け、 後に棚原睦子さんら専任職員を配置し、いろいろな面での協力・援助をいただきました。当時の担当課長宮城英雅先生、 母子衛生係長の仲里幸子先生は、現在まで長らく小児保健協会の活動の中心的なメンバーとして協会の支えとなっています。 このように発足当時から、沖縄の保健行政の第一線で活躍されていた方々特に原實先生や小渡有明先生(6代会長)らが積極的に小児保健活動に関わり、 離島へき地の多い本県の行政課題でもある、地域格差是正への取り組み、専門家チームによる乳幼児集団健診システムの確立等、全国でもユニークな 沖縄方式と称され、高い評価を受けている現在の乳幼児健診事業の基礎を築かれました。
(乳児健診事業について)
当協会の大きな事業になっているこの健診事業は、昭和48年10月に、県から当協会へ委託されて始まり、 土日の休日を利用して、小児科医(開業医・勤務医・研修医のほとんどが参加)、保健師、看護師、栄養士、臨床検査技師、 母子保健推進員、市町村の母子保健担当職員などのチームで行われています。目的は乳児の異常を早期に発見するスクリーニング のみならず、親への育児支援などの絶好の機会となっています。特に、沖縄県は、多くの離島を抱えているが、当協会が関係機関の協力を得て、 小児科医・歯科医師・臨床検査技師・保健師などをチームとして定期的に派遣する離島乳幼児健診事業は、離島町村に住む乳幼児を持つ親にとって 貴重な相談機会となっています。
(宮古・八重山地方での乳幼児健診事業)
宮古・八重山の健診事業は、当時、東京大学母子保健学教室平山宗宏教授の率いる厚生省の心身障害児研究班の健診に、 沖縄県と民間組織としての小児保健協会が全面的に協力する形で始まり、高野陽先生、日暮眞先生、高嶋宏哉先生など日本の小児保健学界の リーダーとも言える方々の参加を得て事業が継続されました。この事業は復帰直後の劣悪な医療環境下にあった宮古・八重山の子ども達や親にとって、 どれほどの恩恵となったか、計り知れませんが、平成12年にその役割を終え、現在は地元の小児科医・保健師などが引き継いでいます。 また、平山宗宏、高野陽、日暮眞、高嶋宏哉の諸先生方は、沖縄での活動などを通して、当協会の発展に尽くされ、適切な助言と講習会の講師としても 度々おこしいただき、沖縄の小児保健活動に大きく寄与されました。
(法人格取得から日本小児保健学会の開催)
昭和54年には、安次嶺馨先生、昭和55年には大宜見義夫先生らが理事に加わりユニークな企画で小児保健活動を展開しました。 昭和56年3月31日には、公益法人としての要件を満たして、社団法人沖縄県小児保健協会として認可を受けました。県支部としては、 唯一法人格を持つユニークな存在となりました。昭和57年には、知念正雄会長のもとで、第29回日本小児保健学会(9月30日から2日間)が、 那覇市民会館を主会場に、市内5会場に分かれて、一般講演274題、シンポジウム2題、特別講演など、全国から1663名の参加者を得て開催されました。 当時は、離島県である沖縄での全国規模の学術大会は珍しく、また大学以外の民間団体としての主催は初めてで注目され、準備には多くの困難を伴っていたが、 会員の一致団結した協力で成功させ、その後の沖縄での小児保健活動の源泉となりました。
(学会・機関紙発行・研修会・講演会活動)
昭和48年の創立以来、年1回の総会・学会が開かれ、一般演題の他、特別講演が行われ、今年で30回目を迎えています。 昭和49年3月に機関紙「沖縄の小児保健」を刊行して以来、定期的に発行され29号を数えます。母子保健従事者(医師・保健師・助産師など)を 対象とした研修会は、昭和54年12月に第1回を関係団体と共催して以来、これまで毎年行われています。昭和57年には、地元新聞社・マスコミなど との共催で一般向けの育児講演会(平成3年から子育てを考える講演会)を開催して、それ以後、ほぼ毎年、著名な講師を招いて開催されています (1回目の講師は平山宗宏先生で「これからの育児を考える」)。平成3年度からは毎年、沖縄県との共催で沖縄県母子保健大会を県下全市町村の母子保健関係者の 参加を得て開催しています。平成元年から3回にわたり、地元新聞社との共催で「明日を拓く子どもたち−その望ましい姿を求めて−」をシンボルテーマに 子どもフォーラムを開催し、述べ2000名の参加を得て、地域住民の意識の高揚に一役を担いました。
(エリエール奨励賞及び保健文化賞受賞)
長年の離島健診実施で、難病や障害をもつ子ども達の早期発見につながった功績が認められ、平成2年3月19日にエリエール奨励賞を受賞しました。 さらに、これまでの活動が評価されて、平成4年9月24日には、わが国の保健衛生部門において最も権威ある保健文化賞(第44回)が授与されました。
(沖縄小児保健賞を設置)
保健文化賞受賞を記念して、その賞金などを基金に平成5年5月15日沖縄小児保健賞の設置が決まりました。 この賞は、沖縄の小児保健活動に著しく功績があり、今後も引き続き活躍が期待される個人または団体を顕彰するものです。 その第1回の受賞が「沖縄小児発達センター」(落合靖男園長)に決定し、平成5年7月31日に当協会創立20周年記念式典で表彰されました。 現在までに7団体と9名の個人が表彰されています。
以上、沖縄県小児保健協会の30年を振り返ってみました。その歩みは日本復帰後の、まさに激動の時代であった沖縄の歩みと重なり、 地域の子ども達が健やかに育つ支えとならんとした協会が順調に活動できたのは、県内外の多くの方々の援助のおかげであったとあらためて感じます。 時代と共に活動内容も人も徐々に変化しますが、その精神は、今後とも受け継がれていくでしよう。